

未来洞察でビジョンをつくる──変化の兆しから「自社の価値」を見つける4つのステップ
こんにちは、TDSの池野です。AIの急速な進化、人口動態の変化、国際関係の緊張──。企業を取り巻く環境は、かつてないほど速く、複雑に動いています。こうした時代において、「自社のありたい姿」を描くことや信じることが、以前よりも難しくなっていると感じる方々も少なくないのではないでしょうか。では、こうした変化を前に、自社のビジョンをどう描けばよいのか。この記事では、その問いに向き合うための「未来洞察」というアプローチを紹介します。
第1回では、「なぜ今、ビジョンに未来視点が必要なのか」をテーマに、未来視点のあるビジョンをつくるための4つのアプローチ(現状分析・未来洞察・言語化と可視化・未来思考の強化)を紹介しました。今回取り上げるのはそのうちの「未来洞察」です。「いまのビジョンでは社会の変化についていけていない気がする」「自社の強みは整理できているが、これからどこへ向かえばよいかが見えない」──そんな悩みを持つ経営者や経営企画・広報担当の方にとって、未来洞察は有効なヒントになります。
なぜ「現在起点」のビジョン策定では限界があるのか
ビジョンを策定するとき、多くの企業は自社の強みや現在の顧客ニーズ、競合との差別化といった情報を中心に検討します。これは間違いではありません。むしろ、現状を正確に把握することはビジョン策定の大前提です。
ただし、現在の情報だけをもとにビジョンを描こうとすると、どうしても発想が「現在の延長線上」にとどまり、短期目線のビジョンになってしまいます。これが「現在起点」の限界です。
考えてみると、現在の顧客ニーズとは、今の社会環境の中で表出しているものに過ぎません。技術の進展や規制の変化、生活者の価値観の変化によって、5年後・10年後に求められる価値は大きく様変わりする可能性があります。今のニーズだけを見ていると、将来生まれる期待や、まだ言葉になっていない課題を見落としてしまいます。
不確実性が高い時代において、現在の延長線上に未来を描くだけでは不十分です。これから起こり得る変化や、複数の未来の可能性を視野に入れながらビジョンを考える必要があります。それを可能にするのが「未来洞察」のアプローチです。
未来洞察とは何か──「予測」ではなく「探索」
未来洞察の目的は、正確な予測ではなく、現在の前提を問い直しながら、ありえる未来の可能性を探索することにあります。社会・技術・経済・自然環境・政治・文化など、さまざまな領域で起きている変化の兆しを広く捉えて、「これからどんな未来がありえるか」を複数の視点から考える。そのプロセスを通じて、「どんな未来に自分たちは貢献したいのか」という意志を明確にすること──それが未来洞察です。
ビジョン策定に未来洞察を取り入れることで、次の3つが期待できます。
現在の延長線を超えて考えられる:既存事業の改善方針ではなく、本質的な方向性を見つけやすくなる
不確実性を前提に動ける:「こうなるはずだ」という一点読みではなく、複数の可能性に備えた柔軟なビジョンになる
自社の存在意義を捉え直せる:未来の変化のなかで、「自分たちにしかできないこと」が明確になる
未来洞察でビジョンをつくる4つのステップ
では、具体的にどう進めればよいのか。自社の強みや顧客ニーズといった現状把握を行うことを前提に、私たちが実践のなかで整理した4つのステップを紹介します。
STEP1|変化の兆しを集める
最初のステップは、未来に影響しそうな変化を幅広く収集することです。ビジョン策定の文脈では、自社や業界の情報に目が向きがちですが、それだけでは発想の広がりに限界があります。
まず押さえたいのが、人口動態・気候変動・テクノロジーの進展・地政学リスクといったメガトレンドです。社会全体の構造変化を大きな流れとして把握することで、自社を取り巻く環境がどの方向に動いているかの全体像がつかめます。
また、「環境スキャニング」という考え方もおすすめです。未来洞察では、すでに広まっているトレンドだけでなく、まだ一部でしか見られない小さな変化にも注目することが重要になります。異業種で生まれつつある新しいサービス、生活者の行動の変化──これらは将来の変化を先取りするシグナルになります。大きな構造変化と小さな兆しとの関係を見ることで、将来起こりうる変化の輪郭がつかみやすくなります。
STEP2|変化の影響を読み解く
メガトレンドや兆しを集めたら、次はそれぞれの変化の影響について考えます。「その変化によって生活者の行動はどう変わるか」「業界の競争ルールはどう変わるか」と問いかけるように、社会や産業の構造変化、価値観の変化などを掘り下げることが大切です。
この「問いを広げる」作業に役立つのが、フューチャーズ・ホイールというフレームワークです。1つのトレンドや兆しを中心に、直接派生する「直接的な影響」や、さらに派生する「間接的な影響」を放射状に書き出すことで、自社や社会にどのように波及するかを可視化でき、見落としがちな影響に気づくきっかけになります。
また、それらの変化の「自社へのインパクト」を評価します。「まだ不確実だが、起きた場合の影響が大きいか」という観点で整理すると、優先して向き合うべきものが見えてきます。インパクトを評価することで、次のステップで未来シナリオを描く際に「どの変化を軸に据えるか」を判断しやすくなります。
STEP3|複数の未来シナリオを描く
変化の影響を読み解いたら、次は複数の未来の可能性をシナリオにまとめます。ここでのポイントは、「未来はこうなる」と1つに絞らないことです。
技術がどこまで普及するか、規制や社会制度がどう変わるか、生活者の価値観がどちらに向かうかによって、将来の姿は大きく変わります。例えば、影響の大きいトレンドや兆しを見つけたら、それらを軸に、「環境制約が強まった未来」「利便性より安心・信頼が重視される未来」など、いくつかの未来シナリオを描きます。
それぞれの未来で、社会や顧客にどんな課題が生まれるか、自社にどんな役割が求められるかを考えていくと、現在の視点だけでは気づきにくかった機会やリスクが浮かび上がってきます。未来シナリオは、未来を当てるためではなく、「どんな未来に自分たちは貢献したいのか」という意志を見つけるための材料になります。
STEP4|自社の提供価値を整理する
最後のステップは、描いた未来シナリオをもとに、「自分たちは誰に、どんな価値を届けたいか」を整理することです。各シナリオをふまえ、社会や顧客にどんな課題や期待が生まれるかを整理したうえで、自社の強みや想い、これまで積み上げてきた資産を重ね合わせて、果たせる役割を考えます。弊社では下図の「価値規定ピラミッド」というフレームワークを活用し、お客様のWILL(自社の意志)・CAN(自社の強み)・MUST(外部の要求)をもとに、機能的価値や情緒的価値を整理し、ビジョンを導出しています。
重要なのは、すべての未来に対応しようとしないことです。複数のシナリオを見渡したうえで、「特に向き合いたい課題」や「自分たちにとって望ましい未来」を考える。そこに、自分たちらしいビジョンの核が生まれます。
例えば、ある未来では利便性が求められ、別の未来では安心や信頼が重視されるとしたとき、自社はどちらの価値を中心に据えるのかを問うこと──これがビジョンを「意志ある言葉」にするための問いかけです。
未来洞察を活かすための5つの注意点
最後に、私たちが現場の経験で得た、未来洞察をビジョン策定に取り入れる際に意識しておきたい点をご紹介します。
① 未来を「当てよう」としない
繰り返しになりますが、未来洞察の目的は予測の精度を上げることではありません。複数の可能性を考え、現在の前提を問い直すためのプロセスです。「外れたらどうしよう」と構えず、仮説として複数の未来を置いてみましょう。
② 情報収集で終わらせない
変化の兆しやトレンドを集めるだけではなく、「その変化が自社や社会にどんな影響を及ぼすか」を読み解くところまで進めて、はじめてビジョン策定の材料になります。
③ 自分の想像以上の速度で未来は変化する
変化の影響を読み解く際、私たちは無意識的に現在の目線で考えてしまいます。しかし、AI技術の進展をはじめ、未来は自分たちの想像よりも速いスピードで変化します。そのスピード感を意識することが、未来洞察を活用する上では重要です。
④ 未来シナリオをつくること自体を目的にしない
複数のシナリオを描いたあとに「どの未来に向かいたいか」を選ぶプロセスが必要です。シナリオ作成は通過点であって、ゴールではありません。
⑤ 外部環境だけに引っ張られない
社会の変化を踏まえることは大切ですが、それだけでは「自分たちらしい」ビジョンにはなりません。外部の変化と、自社の強みや提供する価値を必ず重ねて考えましょう。
まとめ:未来洞察は「自分たちの価値」を問い続けるプロセス
不確実な時代、ビジョンに必要なのは正確な未来予測ではありません。さまざまな未来の可能性を探索するなかで、「どんな未来になっても、自分たちはこの価値を届けたい」と言える軸を見つけること。未来洞察は、そのための問いを重ねるプロセスと言えるかもしれません。
その一例として、2025年に開催された大阪・関西万博は、「For the Futures(複数形の未来へ)」というメッセージで幕を閉じました。世界各国がそれぞれ異なる未来像を提示し、1つの答えに収束するのではなく、多様な未来が響き合う場となったのです。未来は1つではなく、多元的に広がるものだという視点は、ビジョン策定においても示唆に富んでいます。
自社のビジョンも同じです。「こうなるはずだ」という一点読みではなく、複数の未来の可能性を考慮したうえで、「自分たちにとっての望ましい未来」を考えることで、ビジョンの言語化に繋がります。
次回予告|第3回:ビジョンを可視化すると機能しやすくなる
最後までお読みいただきありがとうございます。次回は「ビジョンの可視化」がテーマです。ビジョンに対し、事業戦略や社員の行動をどうつなぎ、社内外に伝わる形にするか。ビジョンマップやストーリーテリングの考え方を交えながら、ビジョンを「使われる軸」に変える方法を解説します。









